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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)8935号 判決 1991年3月27日

原告 株式会社フクチ

右代表者代表取締役 福地征次

右訴訟代理人弁護士 村上徹

田中富久

被告 坂下信用農業協同組合

右代表者理事 江花實

右訴訟代理人弁護士 錦徹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  原告が商業写真の撮影及び企画製作等を業とする株式会社であることは原告代表者尋問の結果により認められ、被告が農業協同組合であること、陽一が被告の組合員であり、波多野及び伊藤が被告の職員であることは当事者間に争いがない。

二1  原告は、被告の職員が、陽一から本件(1)の手形の取立ての委任を受けておらず、却つて陽一との間に取立てに回さない旨の合意が成立していたにもかかわらず、誤つて右手形を取立て(手形交換)に回した過失がある旨主張するので検討する。

陽一が、昭和六一年二月四日、本件(2)の手形を作成し被告に交付して、被告から三六万円を弁済期を同年五月六日と定めて借り受け(本件債務)、その際被告に本件(1)の手形を交付したこと、被告が右手形を取立て(手形交換)に回したことは、当事者間に争いがない。ところで、証人福地陽一及び原告代表者は、原告の右主張に沿う証言及び供述をするとともに、同証人は、本件(1)の手形を被告に預ける必要はなかつたが、手形を書き替えるときに戻すからと言われていたし、自分の手元に置くよりも安心であるので預けた旨証言する。

しかし、右証言及び供述は、本件(1)の手形を被告に交付した理由があいまいであり、≪証拠≫に照らし、信用できない。

却つて、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、被告の融資実務では、被告の組合員に対し貸付(手形貸付も含む。)をする際、第三者振出の約束手形を返済財源として受け入れることがあり、その場合、貸金債務の弁済について、右手形の支払いによる弁済を優先する方針をとつており、そのため、貸金債務の弁済期を右手形の満期の数日後とし、借主から右手形の取立て依頼を受けて、「代金取立依頼書」と題する書面を被告の職員が代筆するか借主が自筆するとともに、「代金取立手形預り証」と題する書面を借主に交付して、その取立てに回すのが通例であること、被告の組合員である陽一においても、昭和六一年二月四日以前に、そのような方法で融資を受けた経験があること、波多野・伊藤ら被告の職員は、同月四日、本件(2)の手形による手形貸付に際し、本件(1)の手形を返済財源として受入れ、陽一からその取立ての依頼をうけて、伊藤において本件(1)の手形についての陽一作成名義の代金取立依頼書(乙第一号証)を代筆するとともに、代金取立手形預り証を陽一に交付し、陽一から取立手数料として六〇〇円を受領し、その領収証(「但し、約手取立手数料」と記載されたもの)を陽一に交付したことが認められる。

なお、原告は、被告の右融資実務は、貸金債務の弁済期前にその弁済を強制するもので、借主の意思に反し、不合理なものである旨主張するが、第三者振出の約束手形にあつては、満期に手形金を支払う義務を負うのは振出人である第三者であり、借主は裏書したときに償還義務を負うに過ぎないし、右手形の満期と貸金債務の弁済期とは数日離れているだけであるので、借主が貸金債務の弁済期前にその弁済を強制されるとはいえず、また、右手形金の支払資金の手当ては第一次的には第三者がするものであるので、一般に借主も右手形の支払による貸金債務の弁済を考えているであろうから、不合理なものということはできない。

そうすると、原告の前記主張は採用することができない。

2  次に、原告は、陽一が昭和六一年四月二八日被告方に本件債務の弁済に赴いたにも拘らず、被告の職員が適切な処理をしなかつた過失がある旨主張するので検討する。

この点について、原告は、「陽一が、昭和六一年四月二八日、被告方において、波多野及び伊藤に対し『本件(3)の手形で借入をして前の三六万円を返す。』旨申し出て、本件(1)の手形の返還を受けようとしたところ、波多野から、『上の人もいないし、月末で忙しいので、連休明けでいいから。必要書類を置いていつてくれ。』と言われたので、本件(3)の手形などを置いて帰つた。ところが、同年五月一日、被告から、『本件(1)の手形が不渡りになつた。本件(3)の手形では貸すことができない。』との連絡を受けた。」旨主張し、証人福地陽一及び原告代表者は右主張に沿う証言及び供述をする。

しかし、≪証拠≫によれば、陽一が本件(3)の手形を持参して被告に借入を申し込んだ日は昭和六一年四月三〇日であり、陽一が被告から本件(1)の手形が不渡りになつたとの連絡を受けた日は同年五月二日であることが認められる。そして、右認定の事実、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、昭和六一年四月三〇日当時、本件(1)の手形は取立て(手形交換)に回つていたところ、被告においては、取立てに回つた手形の返還を受ける(組戻を行う)場合、「取立手形組戻依頼書」と題する書面を手形の返還を求める者に作成してもらう取扱であり、陽一自身以前にその方法による手形返還を経験していたものであるが、当日は右書面が作成されていないこと、陽一は、同日、借り入れを申し込んだ際、波多野に対し、借入金の使途を説明したところ、同人から運転資金と書くように言われ、借入申込書の借入金の使途欄に運転資金と記載したこと、陽一は、同年五月一日、被告から本件(3)の手形の返還を受けて、その日にもう一つの取引先である株式会社福島相互銀行で右手形を利用して資金を調達したのであるから、本件債務を弁済しようと思つていたのであれば、直ちに弁済できたし、同月二日には本件(1)の手形が不渡りになつたとの連絡を受けたのに、その弁済をしたのは同月六日であり、その際陽一において、同年四月三〇日からの被告の職員の事務の処理について不満を述べたり抗議をしたりせず、右不渡りについて被告の職員と対応策を話し合つたこともないことが認められ、これらの事実及び証人波多野健悟の証言に照らすと、証人福地陽一の前記証言及び原告代表者の前記供述は信用することができない。

却つて、右認定の事実、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、陽一は、昭和六一年四月三〇日、本件(3)の手形を持参して被告に新規の借り入れを申し込んだところ、被告の職員から、保証人を立てることを求められたので、検討するため、右手形を被告方に置いて帰つたが、翌五月一日、自ら被告方に赴き、右手形の返還を受けて借入の申込を撤回したこと、右両日とも陽一が本件債務の弁済や本件(1)の手形の返還について言及したことはないことが認められる。

そうすると、原告の前記主張は採用することができない。

3  更に、原告は、被告には原告らの要請にもかかわらず原告に対する取引停止処分の取消請求(のための手続き)を直ちにしない過失がある旨主張する。

しかし、≪証拠≫及び弁論の全趣旨によれば、右取引停止処分の取消請求は株式会社東邦銀行による東京手形交換所規則六八条二項の代理申請によるべきところ、前記のとおり、本件(1)の手形の不渡り、ひいては右取引停止処分について、被告には原告主張の過失がなく、その他、本件全証拠によるも、同項にいう「金融機関の取扱錯誤」があることが認められないのであるから、被告は、取引停止処分の取消請求の代理申請を株式会社東邦銀行に依頼する義務を負わない。従つて、原告の右主張は採用することができない。

三  そうすると、原告のその余の主張について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却する

(裁判官 山口博)

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